古い友人に会いまして、会話を楽しんだんですが、
彼は父子家庭で育ち、反抗期に家出した時に、母親のところに行って
「あんたなんか産んだ覚えはない」なんて言葉を浴びてお父さんのところへ帰ったことがあるそうで、
今では立派に育って働いているのですが、
ぼくには想像を絶する体験で、未知で
別に上からじゃないけど、
「よくもまぁこんなに素晴らしく育ったな」と思いました。
また別の話、
同い年の友人は、高校生の時に
親父(伏せますが割と悪い親父だった)を殴って家を出て、20年少々親父に会ったことがないと…
今では妻子がいて、立派に家庭を築いていて素晴らしいと思います。
ある時、
姉から電話来て、「親父がもう長くないから会いに行ってあげろ」と言われたそうです。
会いに行くべきか
を相談されましたが、
僕には想像を絶するシチュエーションで、未知で
困りましたが、
「会いに行けば良かったとなるなら、会って感じ悪かったとなるほうがマシじゃないかな」
妄想しきれないシチュエーションを精一杯イメージして返答しました。
結果会いに行って、「よかった」となったのですが、
そもそも僕には分からない状況で、アドバイスなんかそもそも出来ないんだなと思います。
とある香川大学の心理学専攻で、カウンセラーを目指すのお客さんとの会話
当時は田代まさしの話だったと思うんですが、
「盗撮する気持ちはわかる」
※僕はしないですが(理性を保つから)、その欲や願望に関しては分からないでもない
なんていうと、
森さんみたいな人こそ、性犯罪者のカウンセラーになるべきなんだと言われました。
どういうことかというと、
そもそもカウンセリングというものは、その人の気持ちが分からないと、本当の意味でのカウンセリングはできないもので、
マニュアルなどに沿ってカウンセリングせざるを得ない時があるものだと。
要はその人の気持ちが分からないと、その人に何も言えないということだと思います。
幸いにも親が仲良く育った僕には、父子家庭や、母子家庭で育った人の気持ちは理解できず、
可能な限りのイメージにしか過ぎない。
親父を殴って家出て20年会っていない
なんて状況僕には理解できませんから。
可能な限りのイメージで発言しただけに過ぎない。
何の説得力もなかったものだなと思います。
家族にやくざが居て、辛い思いをした人がいます。
今もしています。
法律的には「本人でない限りそれを差別することは出来ない」とありますが、
実社会ではそうでもないのが現状です。
そもそもそういった環境にない僕には
その辛さを分かりえることは不可能で、
何のアドバイスも出来ず、
説得力もなく、
僕は無力だと感じました。
なので何も言えないのが本当のところなんです。
でもかけてあげる言葉は決まってて、
「現実から目を背けるな」
「それを乗り越えていくしかない」
などといった分かりきった言葉です。
同じ境遇で、克服した人がそれを言うのと、
全くそうでない環境で育った人がそれを言うので、
説得力は変わります。
なのでそれに関しては、僕は無力です。
それでも声をかけなきゃいけない時もあるんでしょうが。
なので、比較できるものではないですが、
多かれ少なかれ、人には悩みがあり
それは本人にしか分からないもので、
結局解決は、
「自分自身が強くなるしかない」
でほぼ確定だと思います。
だから僕はアドバイスもらいたい相談とかはしますが、
悩みの相談って誰にもしないんです。
聞いても大して意味ないから。
自分が強くなるしかないから
と思って生きています。
ただ悩みの相談はしなくとも、
居るだけでいい存在、力をもらえる存在というのはあるもんで、
独りで生きていこうとも思ってもいませんが。